朦朧とする日々

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    前のブログはいつだったか…

     

    そんな事もわからないまま日々を生きています。

     

    年度末に合わせた、へだたちばなの会の設立総会からサイトの構築、Facebookファンページ、Instagramのアカウント開設、地域おこし協力隊FESなる催しまで駆け抜けて、北山の棚田の耕起、5月第1週の「タチバナ花見ツアー」の企画とツアーコンテンツの立ち上げ、新しい協力隊員の受け入れと調整、そして戸田のアパートから棚田のある新田地区の古民家への引っ越し。

     

    ついでに戸田を流れる大川沿いの大川公園へのペチュニア「さくらさくら」の植栽と管理。JTBさん「わくわく地球プロジェクト」に協力して棚田での作業イベント、地元信用金庫さん開催の起業コンペへの応募、集落の祀りごと行事への参加、道の駅イベントへの出店協力、梅林公園での梅もぎツアー企画・開催、タチバナリキュールの流通整理、販促営業、イベント企画、地元のおばあちゃん達との梅干し作りコラボ。

     

    3月末の時点で187あった血圧は6月末で195に。

     

    朦朧としながら生きています。

     

    とりあえず今日はタチバナリキュールの営業してきました。

     

    また書きます。


    帰ってきました徒然草花

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      何年か振りにブログを再開します。

       

      かつて銀座の営業から花農家の婿となり、今はかつてムコ殿と呼ばれた男として農業に携わっています。

      ムコ殿から、かつムコになりブログを再び書こうと思えるまで本当に長い時間を必要としました。

      離婚と親権に関する軋轢は、自分が思っていたよりも大きな精神的ダメージを私に与えていたようです。

       

      北山の棚田.comの管理人ブログとしてご覧になってらっしゃる方のために、少しだけ私がなぜここにいて棚田の再生をしているのかを書いておきたいと思います。

       

      私は学校を出て一度就職した後、黄色い制服の雑貨専門店で働いて皮革製品を担当していたところ、取引先のメーカーの社長さんに私たちと一緒にやりませんかとお誘いいただいて、ある皮革製品ブランドの営業となりました。まだ革小物としてのコードバンが世に出て間もない頃、都内の専門店・百貨店を担当し、本当にに充実した自社の製品を世に問う仕事をさせてもらっていました。、休日などまるでない、それこそ高度成長期のモーレツ社員がどんなものか知りませんが、決して当時の方に今の若い者はなどと言わせない働き方をしたと思っています。

       

      人生は私にとって不思議に働くことばかりで、どなたにお話ししてもなかなか私の生い立ちなど信じていただけないのですが、私は銀座での華やかな生活を捨て、花農家の婿となる道を選びます。そこから約7年の花農家としての生活を経て、再び一人の生活に戻ることになるのですが。


      そして花を再び作る生活を求め山形、東京、埼玉、岐阜を経て、ここ沼津市戸田にやってきました。

      地域おこし協力隊としてタチバナの保全・普及や棚田の再生、シキミの生産などのミッションをこなしながらここに定住し、いつか花を栽培する夢を叶えるためです。

       

      この戸田は以前に観光で宿泊したことがあり、美しいところだと知っている場所でした。そして、不思議なご縁というか何というか、沼津市は母の故郷であり、実は私の生まれたところでもあるのです。

       

      これからまた、徒然なる草花の暮らしを書き綴ります。

       

       

       


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